横浜地方裁判所 昭和35年(ワ)852号 判決 1963年3月23日
原告 重田利一
被告 光岡良三 外一名
主文
被告らは原告に対し各自金一、九五三、八五二円およびこれに対する昭和三五年一二月八日から右金員支払いずみにいたるまで、年五分の割合による金員を支払え。
原告のそのよの請求を棄却する。
訴訟費用は四分し、その一を原告の負担とし、そのよを被告らの負担とする。
この判決は原告の勝訴の部分に限り、原告が被告らのために金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し、各自金二、八六二、〇五三円および、これに対する昭和三五年一二月八日から右支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
「一、原告は訴外株式会社大山組の鳶職として、その仕事に従事し、被告湘南タクシー株式会社は自動車運送業を営み、被告光岡良三は被告会社に自動車運転者として雇われ、その自動車の運転に従事している者である。
二、被告光岡は昭和三二年一二月四日午前一時頃、被告会社の小型自動四輪車(神第五―い九六一四号)を運転して、被告会社の業務に従事中、東神奈川駅西口方面より六角橋方面に向つて、毎時六〇粁の速度で進行し、横浜市神奈川区西神奈川町四丁目九番地先、東横線東白楽駅前道路に差かかつた際、右東白楽駅の補強工事のため、右道路上に、赤ランプおよび工事中なる標識をかかげていたので、これを確認したが、かかる場合、自動車運転者としては、徐行をなし、直ちに停止できる状態で進行し、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかかわらず、これを怠り、漫然、同一速度で進行し、たまたま右道路上で右工事現場の指揮に従事していた原告に気附かず、右自動車の前照灯を原告に激突せしめて、路上に転倒させ、因つて原告に対し、頭蓋骨折、右脛腓骨外骨骨折の傷害を与えたもので、重過失があり、原告がこうむつた損害を賠償する義務がある。
三、被告会社は自己のために自動車を運行の用に供する者(所有者)であり、その運行により原告に対し損害を与えたものであるから自動車損害賠償保障法第三条の定めるところにより、原告のこうむつた損害を賠償する義務がある。
四、原告が本件事故によりこうむつた損害は昭和三二年一二月四日より昭和三三年一一月三〇日まで訴外関東労災病院に入院加療し、その間の診療費として金一六八、二一九円。
昭和三四年三月一五日より昭和三五年一一月三〇日まで訴外菅田正吉に支払つたマツサージ治療費合計一三〇、三五〇円。
原告は杖により辛うじて近距離を歩行できる程度であり、脳損傷のため、脳力は子供と同じく、労働能力を完全に失い、回復の見込はない。本件事故以前は鳶職として、昭和三二年一月一日より同年一二月四日までの三三八日間に金二八六、二七八円の所得があり、一日平均、金八四六円の収入を得ていたもので、本件事故の翌日たる昭和三二年一二月五日より同三三年一〇月一三日まで、三一三日間の休業補償費として金六八、五四七円の支給をうけた。しかして昭和三三年一〇月一三日には四七才で同二九年七月発表による厚生省第九回生命表によれば、その平均余命数は二三、六七年で、これが働きうる年数を一六年間(六三才まで)とし、ホフマン式計算法により算出したる得べかりし利益金二、七四四、八〇〇円((840円×365×16)/1+0.05×16=2,744,800円)。本件事故に因る精神的苦痛に対する慰藉料として金三〇〇、〇〇〇円。
以上合計金三、三四三、三六九円である。
五、しかるところ原告は、労働者災害補償保険法により療養補償費として、金一六八、二一九円、休業補償費として金六八、五四七円、障害補償費として金二四四、五五〇円、合計金四八一、三一六円の支払をうけたので、被告らに対して、各自前項の損害金三、三四三、三六九円からこれを控除したる残額金二、八六二、〇五三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三五年一二月八日より民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」とのべ
被告らの主張に対し
「被告らの主張の事実はすべて否認する。原告に対し、通行の禁止されている市電軌道上を、あえて進行する自動車に対し、十分なる注意を要求するは無理であり、原告に過失はない。」とのべた。(立証省略)
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
「原告の請求原因第一項中、原告の地位は不知、そのよの事実は認める。請求原因第二項中、原告主張の日時に被告光岡の運転する自動車と原告が接触し、原告が負傷したことは認めるがそのよの主張は争う。請求原因第三項中、被告会社の自動車の運行により原告に損害を与えたことおよび原告に対し、自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償義務のあることについては争う。請求原因第四項は争う。請求原因第五項中、原告が労働者災害補償保険法に基づき、金四八一、三一六円の支払をうけたことは認めるがそのよの主張は争う。」とのべ
抗弁として
「本件事故現場は、六角橋方面に至る車道が、事故現場より二五米の処から、工事中であり、又東神奈川方面に至る車道は東横線ホーム拡張工事のため通行止になつており、事故現場附近を往復する自動車は、すべて市電軌道内を走行せざるをえない状況にあつた。よつて右軌道内に立つて、作業の指揮をしていた原告としても、往復する自動車に注意を払う必要があるのであつて、何等の注意をすることなく作業を続行していたことは、原告にも重過失があるというべく、仮に被告らが、損害賠償の義務を負うとしても、賠償額の算定に当つて斟酌せらるべきである。」とのべた。(立証省略)
理由
被告光岡は被告会社に自動車運転者として雇われ、その運転に従事している者であること、及び原告主張のころ、主張の場所において、被告光岡の運転する自動車と原告が接触し、原告が負傷したことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一ないし第五号証、証人三輪泰治、同瀬戸康司の各証言を綜合すれば、被告光岡は被告会社所有の自動車を運転し、その業務を執行中、東神奈川方面より六角橋方面に向い、毎時四十粁位の速度にて、本件事故現場に差かかつたが、現場附近の道路は、市電軌道の両側に幅員五、四米の車道があり、六角橋に至る車道は道路工事のため、通行止の拒馬があり、又、東神奈川方面に至る車道は、東横線東白楽駅のホーム拡張工事のため通行止になつており、赤ランプの標示もあつたため、市電軌道内を右同一速度にて直進したが、反対方向からの自動車の前照灯に眩惑されて、道路のおよそ中央、市電軌道内に停立して、右ホーム拡張のため鉄橋の補強工事を指揮していた原告を発見できず、右自動車を原告に衝突させ、本件事故を発生せしめたものである。右認定に反する証人関根茂の証言及び被告光岡本人尋問の結果は措信し難く、右認定を覆すにたる証拠はない。以上の事実によつて考えると、被告光岡は自動車運転者として、市電軌道内の進行は禁止されていたのであるから、右の如き工事のため、やむをえず右軌道内を通過する場合といえど、交通止の標示のある地点より軌道内に入るべきであるにもかかわらず、漫然と軌道内を本件事故現場まで直進し、更に赤ランプ等の標示により、工事現場であることを認識し、且つ、かかる場所を通行する際には、徐行もしくは、事故を未然に防止する注意義務があることを知りながらこれを怠り、本件事故を発生させたものであり、被告光岡の過失によるものといわなければならない。よつて被告光岡は本件事故により、原告のこうむつた損害を賠償すべき義務がある。
しかして、証人木室利夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証によると、本件事故のため原告は、左前頭部凹骨折、脳挫傷、左下腿脛骨折(脛骨腓骨骨折)右恥骨上板骨折(右腓骨神経麻痺)の傷害をうけたものであることが認められる。
被告会社が自動車を自己のため運行の用に供するものであることは被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。又、成立に争いのない甲第二、第三号証及び被告光岡本人尋問の結果を併せ考えると、本件事故は被告会社の自動車の運行により発生した事故であることが認められる。よつて、原告が右身体を害せられたことによりこうむつた損害については、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により賠償の義務がある。
次に損害の額について考えるに、証人木室利夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証、同菅田正吉の証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、二、証人木室利夫、同菅田正吉、同蓮見豊彦の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は訴外関東労災病院に入院加療の費用として、金一六八、二一九円、訴外菅田正吉にマツサージ治療費として、金一三〇、三五〇円を支払い、現在は、膝関節及び右足関節は硬直し歩行にも困難があり、事故以前の状態に回復の見込なく、又、脳損傷のため、精神障害を生じ、精神生活の通常の状態に回復する見込なく、後遺症として残ることが認められ、労働能力は全く喪失したものと認めざるをえない。しかして成立に争いのない甲第一〇号証によれば、原告は昭和三二年一月一日より同年一二月四日までの三三八日間に金二八六、二七八円の所得があり、その一日平均は金八四六円で、本件事故による労働者災害補償保険法による休業補償費の支給期間たる昭和三二年一二月四日より三一三日経過した昭和三三年一〇月一三日当時四七才であり、厚生省発表第九回生命表によれば、その平均余命数は二三・六七年で、証人蓮見豊彦の証言によれば、原告の職業であつた鳶職は六〇才まで従業しうることが認められるから、原告の働きうる年数は一三年となり、これをホフマン式計算法により、その中間利息を差引き算出したる得べかりし利益は金二、四三二、八九一円となり、よつて以上損害金合計二、七三一、四六〇円となる。
被告らは過失相殺を主張するのでこの点につき判断する。
成立に争いない甲第二号証、証人三輪泰治の証言及び被告光岡良三本人尋問並びに現場検証の結果を綜合すると、原告が本件事故直前、停止していた市電軌道内の地点は、東神奈川方面に進行する自動車はすべて軌道内を通行しなければならなかつたし、一方、六角橋方面に進行する自動車は、一応車道を通行しなければならなかつたものであるが、自動車運転者が、進行前方に交通止の拒馬を発見すれば、原告の停止していた地点より軌道内に入つてくる可能性は十分認められる位置である。さればこそ、原告は訴外三輪泰治をして、提灯をもつて、交通整理をなさしめていたが、たまたま、工事の都合により、右訴外人をして、その場より、他の部所に配置せしめた直後に本件事故が発生したものである。はたしてそうだとすれば原告は、深夜といえど、相当自動車の交通量のある本件現場の道路上における作業に従事する場合の、万全の注意を払いたるものといい難く、原告にも過失があるものといわざるをえない。右原告の過失は公平の見地から、被害者側の過失として、被害者側の損害賠償額を定めるに当つて斟酌されるべきものであると解されるから、原告の損害賠償請求権の額は、金二、一八五、一六八円と認めるを相当とする。
次に、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告にとつて、その生涯回復の見込なき身体の障害をうけたことによる精神的苦痛は、甚だ大なるものありと認めうべく、これが慰藉料は金二五〇、〇〇〇円を以て相当と解する。
原告が本件事故により労働者災害補償保険法の適用をうけ、療養、休業、障害の各補償費として合計金四八一、三一六円の支払をうけたことは当事者間に争いがない。
したがつて、損害賠償額及び慰藉料の合計金二、四三五、一六八円より右補償費は控除されるべきである。
よつて、原告の本訴請求は、右控除後の金一、九五三、八五二円及び、これに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明白な昭和三五年一二月八日から、右金員支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、そのよの部分は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石橋三二)